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昼の数時間だけオープンする「幻の店」。
お好み焼きの本場・広島でトップ級の味の折り紙をつけたい。
宝町の「菜(さい)」。ずっと気になっていた。
奥さんが亡くなって、まもなく1周忌を迎える。
仕事が早く終わった日、1人で訪ねてみた。
紺色ののれん。少し色あせて、風に揺れていた。
「あら、お久しぶり」と、娘さん。
ご主人は、やっぱり、はにかむような笑顔。
前と同じように、遠くから優しい眼差しだった。
病気で逝った奥さんは、前日まで元気で働いていたという。
ご主人が皿を洗い、娘さんが焼いてくれる。
言葉を交わさなくても、親子の自然な連携プレー。
「あら、飛んじゃった」
娘さんが、ぽつりとつぶやいた。
風で飛ばされたのれんを追いかけて、ご主人が外へ駆け出した。
注文は前と同じ、「すじ肉入り・ネギかけ」(820円)。
ひとくち食べると、ソースの濃厚な風味が広がった。
ピンポン玉ほどもある、すじ肉。軽い歯ごたえで、口の中をくすぐる。
フレッシュな観音ネギ。刻みたてを山盛りにのせてくれる。
「変わらんよ。味も営業時間も」
2人が微笑んだ。
「大きい肉がごろごろ入っとるでしょうが。
うちは気前がいいんじゃけえ。もうかりゃせんよ、全然」
ふくよかだった奥さんの言葉がよみがえる。
「これ、かけないの?」
娘さんが、店の特徴の韓国産唐辛子、コチカルを勧めてくれた。
前回は大喜びで食べたのにと不思議そうだ。
最初はむしろ甘く感じるが、じわじわ汗が噴出す赤い粉。
「半分食べてから」
ぼくは、返事した。
突然、なぜそんなことを思いついたのか、よくわからないけど……。
半分はかけずに味わって、奥さんの冥福を祈りたい気がしたから。
そして、残りの半分はコチカルと一緒に、父娘2人で営む愛すべき小さな店を、
心から応援したいと思ったから。
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