| 何事も最初が肝心。ましてや年の始まりならば、なおさらだ。
お好み焼きの「食べ始め」。白羽の矢は千田町の「大野」に飛んだ。
「歴史があって、おいしくて、広島らしい店を紹介してよ」
「ズッコケ3人組」シリーズで著名な児童文学者、那須正幹さんに頼まれて、
去年連れて行ったのがこの店だ。昭和36年に創業し、3代の女たちが守ってきた。
「条件をすべてクリアして、しかも激安の店ですよ」
那須さん、もう、大喜び。 しかし……。
「大野」の母娘は、那須さんを知らなかった……。
ぼくちゃん、思わずズッコケた。
あの日のことを思い出して、若奥さんは気恥ずかしそう。
「有名な方だったんですね。子供たちに聞いたら、みんな知ってて……。何歳ぐらいの方でしょう」
「お宅のお母さんよりは年上でしょう」
「そんなことはないでしょう。お若かったですよ。うちの母は74歳ですもん」
「えーっ。47歳にしか見えませんよー」
背を向けて、黙々とキャベツを切っていたお母さん。振り返って、
「お肉。多めに入れてあげてネ」
などと、雑談をしているうちに焼きあがった。
新年最初だから、ちょっとリッチに、イカ天と生エビ入り。
これでなんと、たったの600円。やっていけるのか。
と心配になるのだが……ビルが建っているのである……。
「お好み焼きが、すごく売れたんですネ」
「いえ、いえ。夫も外で働いてくれますから」
若奥さんは謙遜するのだが、大勢のファンに愛されているからこそ。
薄利多売の鉄筋ピカピカなのだ、とぼくはにらんでいる。
広島大学が移転する前は、学生たちの溜まり場だったという。
いまは社会人になったOBたちが「広島で一番の味だよ」と訪ねてくる。
午後2時過ぎ。客が途切れない。
若いカップルはささやき合いながら。茶髪の兄ちゃんはマンガを読みながら。
1人で来た年配の女性も。
鉄板から何度も何度も、新春の音と香りが立ち上る。
「うちも、きょうが仕事始めなんです」と若奥さん。
きっとみんなも、待ちわびていたのだろう。満足そうな横顔が共通だ。
柔らかな空気の中で食べるお好み焼きは、幸せを一切れずつ口に運んでいるような気にさせる。
「今年はいいことありそうだ」
腹の底から、そんな予感が湧き上がってきた。
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